〇大衆文学資料

音盤『黒い足音』


奥木幹男 様
平素は弊社商品をご愛顧頂き誠に有り難うございます。
さて、お尋ねの件に付き弊社の資料を調べました所、以下の編成内容だけが見つかりました。残念ながら音源等の他の資料はございませんでした。ご参照頂ければ幸いでごさいます。
商品番号 LV―531
発売日 昭和35年8月 
レコードタイトル 黒い足音 
 収録曲名 
プロローグ(心臓の鼓動) 
(1)黒い足音 
(2)精神病院の一夜 
(3)恐怖のあいびき                              (4)真夜中のハイウエイ 
(5)山の亡霊 
(6)むせび泣く電話 
(7)裸のマネキン人形 
(8)死者への慰め 
エピローグ(心臓の鼓動)
 構成)井田誠一 
作曲・編曲)山下毅雄 
監修)椿 八郎 
推薦)日本探偵作家クラブ 
演奏)ビクター・オーケストラ

 この電子メールは、件の『黒い足音』の内容を知りたくて、ビクターエンタテインメント(株)お客様相談室に《当方、渡辺啓助の世界というhpを主催しているものです。http://www3.ocn.ne.jp/~okugim/keisuke.htm
その渡辺啓助らのイメージを1960年昭和35年に貴社から『黒い足音』というタイトルでアナログLPで発売されたと、啓助は回想しております。それの資料、また視聴の可否、収蔵機関等、お教え願えれば幸甚と思いメールさせていただきました。朗報お待ちしています。      草々》という調査依頼に対して、二日後に《(前略)お尋ねの件に付きましてはお調べするのに少々お時間を頂く事になろうかと存じますので、暫くお待ち頂ければ幸いでございます。今後とも弊社商品をご愛顧頂きます様お願い申し上げます。》という返事があり、そのまた二日後に届いたものである。
 音源がメーカーに存在していないのはかえすがえすも残念だが、ここに『黒い足音』の内容の一端があきらかになったのはちょっと嬉しい。加えて、できるだけの調査なさっていただいたメーカーに御礼を申し上げたい。やはり、音楽業界、パソコンのハードディスクやCD―Rへのコピーが最近、問題になっているようだが、それは楽曲とは別の、音盤やジャケットなどのモノに魅力がなくなってきていることでもあって、そこに気づかない弊が全体の動脈硬化を招いているようだ。、でもミリオンセラーが月に数タイトルも生まれているのはつい最近のことだし、かつてはミリオンセラーといえは小さな社会現象だったことを考えると、昨今で音楽の在り方も変化してきているはず。そして『黒い足音』のような半世紀近く昔の音盤に対する問い合わせに応対できる態勢を維持できるのも、音楽業界の一面の奥深さを示す道の一つではあるまいか。
 閑話休題。この音盤、渡辺啓助のエッセイ(『探偵横町下宿人』((昭和61年〜62年))から、当時の探偵作家クラブ会報にある発売のお知らせを孫引きすると、《(前略)この異色あるレコードは探偵作家城昌幸、渡辺啓助、香山滋、椿八郎諸氏の作品が持つミステリックなムードがとりこまれてある(後略)》。また、聞いたシチュエーションは敢えて書かないが、渡辺啓助自身、その印象を《(前略)時流に媚びた際物的音盤などでなく、充分に聞かせる音楽であり、スリル、という感覚、妖しい美しさが音痴の自分にもそれなりにわかる気がしたことはどうにも否定できなかった》と書いている。
 『黒い足音』の構成の井田誠一とは寡聞にして申し訳なく存じ上げない人物だが『東京シューシャインボーイ』、(昭和26年 暁テル子) 『若いお巡りさん』(昭和31年  曽根史郎)などの作詞で知られ、また、ヨーロッパを中心とした外国民謡にも多く詞をつけているという。
 監修の椿八郎は眼科医にして初期の宝石誌で活躍した探偵作家。医学者の眼を通したミステリや、情緒に優れた怪奇味を主とする短編がアンソロジーに何点かアンコールされている。昭和20年代に『宝石』の出版元から岩谷選書の一冊として探偵小説短編集『カメレオン黄金虫』が予告されるが、版元の経済難のために未刊に終わる。晩年にエッセイ集が二冊あり、手元にあるその一冊『「南方の火」の頃』(昭和52年 峰書房)には『黒い足音』についての記述はないが、音楽家、音楽プロデューサーとの交流が記されているから、この音盤はそういった方面の親交から生まれた企画なのかもしれない。
 作曲・編曲の山下毅雄は昨今、劇伴(劇、映画、テレビなど物語メディアの伴奏音楽)世界で再評価が高く、いまやヤマタケなる略称が通り名になっている人物。『七人の刑事』『大岡越前』『スーパージェッター』『ルパン三世』『クイズ・タイムショック』『悪魔くん』『プレイガール』『ジャイアントロボ』など、何度か聞いたら忘れられないメインのメロディーラインを数種アレンジして使い回すという、一見手抜きに見える仕事が、実は作品のイメージをいい意味でを固定する作業であり、氏の仕事によって個々の番組のファンが倍増したといっても過言ではないだろう。 
 そんな山下毅雄が日本ミステリ作品をイメージし作曲編曲した音盤『黒い足音』。これを一聴してみたいと思うのは、もちろん、私だけではあるまいに。


(2002- 地下室)

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