〇大衆文学資料

LOCK探偵叢書から

  さて、最近、戦後初期の探偵雑誌『LOCK』からのアンソロジーが刊行された。同誌に掲載された作品の再録や、書誌データの充実はいうまでもないが、どうしたものか、『LOCK』関係の単行本は、ちいさく触れられているだけでどうも無関心らしく瑣末の事項のように扱われているだけである。
 探偵雑誌『LOCK』は戦後第一に新しく創刊された探偵小説雑誌として意義があり、その収録作品もアンコールされるだけの有益なものなのだというのが、今回の出版の意味なのだろうけれど、もうすこし願えれば、『LOCK』発行元の筑波書林が刊行した『LOCK探偵叢書』の内容を詳しく記したならば、筑波書林の性格や目指した方向性がより明らかになるのではないかと思うのだがどうなのだろうか。
 よく考えてみると、叢書全集シリーズなどの書誌関係は、故・中島河太郎が同時代に生きた実際の記録として残したものが連綿として生き続けていると思われる。中島が戦後初期に出版物として見つめたのは何だったのだろうか。
 それを考察する前に、『LOCK探偵叢書』の内容を記してみたい。残念ながら海野十三の著作については実見できなかったので、三一書房版『海野十三全集』の瀬名堯彦氏による著書目録によった。

真珠郎/横溝正史(LOCK探偵叢書1)
昭和21年9月20日 筑波書林B6判
270p 15円
☆真珠郎
◎ソフトカバー、紙装。後記解題等資料なし。装丁者は裏表紙にmiuraと署名があるのみ。

毒麦/渡辺啓助(LOCK探偵叢書2)
昭和22年1月25日 筑波書林 B6判     
231р 22円
☆ 聖悪魔 偽眼のマドンナ 灰色鸚哥 決闘記 美しき皮膚病 血蝙蝠 北海道四谷怪談 タンタラスの呪い皿
★あとがき/渡辺啓助
◎ソフトカバー、紙装。装幀・古沢岩美。巻頭に馬太伝第十三章からの引用がある。あとがきには天国への椅子なるサブタイトルが付されており、著者が持った当時の探偵小説観があらわになっていて興味深い。また、出版の経緯として、大慈宗一郎氏の尽力、中島親氏、山崎徹氏の助力及び、作品の提供元として江戸川乱歩氏の蔵書があげられている。

振動魔/海野十三(LOCK探偵叢書3)
昭和21年12月20日 筑波書林 B6判     
225р 18円
☆ 三人の双生児 振動魔 麻雀殺人事件 電気風呂の怪死事件

 そう、すでにお解りの方も多くいらっしゃるだろうが、戦後第一に創刊された探偵雑誌LOCKの出版元の筑波書林が刊行したシリーズとしての書籍『LOCK探偵叢書』の内容は三冊ともアンコールによるものだったのである。この時期、文庫の判型によった、自由出版共同(後に自由出版株式会社)のDS選書、またごく戦後初期に刊行された短編一編を一冊に仕立て上げた静書房の本、これなど自分で二、三点実見した以外メディアではお目にかかった記憶はないし、ましてや、戦後を代表する探偵雑誌の金字塔である『宝石』の最初のオーナーであった岩谷書店が最初に世に問うた探偵小説の叢書『岩谷文庫』など世に伝えられていないシリーズがいくつかあった。これらの中で戦後執筆されたのは筆者の知るかぎり『岩谷文庫』の中の一冊。武田武彦の『踊子殺人事件』くらいなものであろうか。
 いろいろな意味で戦後初期を読み解く鍵というものを考えることがある。そして最近とみに思うのは、戦後初期という時代は過去を振り返るのがタブーだったのではないかと思い当たった。戦後初期の叢書の一冊として唯一戦後作品である『踊子殺人事件』は当時現在でありながら、過去は振り返らないということなので、忘れ去られているのだろう。こういうことは現状論で考えるしかないのだから。
 というわけで、昭和二〇年代の世相リアルタイムで描いた
作品は多くあるのだが、不思議というか、やはりというか、その当時の世相を切り口とした探偵小説の紹介はそう多くない。
 さて、ここでつぎに筆者が思ったのは、日影丈吉の第一長編のことでもあった。
 こんな不景気なさなか、国書刊行会から刊行が開始された『日影丈吉全集』は、一冊一万円程で隔月に刊行されるという。どうもこの全集は、よくある全集という名の傑作集ではなく、探偵作家としてはもしかしたら始めてかもしれない、ほどの完全全集を標榜しているようだ。いままで読むだけでもよいと思っていながら、手に入らなかった日影の全作品が手もとで開けるのである。嬉しい。で、全巻予約してしまっった。楽しいな、全部そろえたいな。お金を少しづつためていかなくちゃ、そう、未読のものを読むためにはちょっと我慢しよう。
 と思いながら初めて同全集で読んだ日影の第一長編である。この作品は戦後初期に南方から復員してきた男がどうにかこうにか犯罪にからみながら職にありついて、のしあがらと思いながらも、結局は出世以外に安らぎの場を見いだしそうしなったものの、破滅にいたってしまうという。構図的には類型的な作品である。
 こういった特に戦後初期の時代に翻弄される犯罪者を暖かい目で見つめてくれたのが松本清張だが、清張は犯罪事実まで暖かい目でみちゃったから読者は広がったものの、困ったひとが世に蔓延しちゃったのではないだろうか。
 日影の場合の『見なれぬ顔』は決して心地よい読後感や、過去を糊塗し決別するための作品ではなく、現実をそのまま受け止めるものである。こういった作家が時期が遅れたとはいえ完全にアンコールされるのは喜ばしいかぎりだ。そして、少なくとも筆者にとっては、一種の個人主義者の焦燥感を、戦後初期に描いて、大きな存在感を持って、忘れられない読後感を与えてくれた。なんでこれをだれも誉めないのだろう。
 そして、話はもどるが、叢書の類いがアンコールであっても、その内容くらいは表示してくれてもよいと思うのは筆者だけではあるまいに。

(2002- 地下室)

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