〇大衆文学資料
世界大衆文学全集ノート
 本誌、十五周年記念号の企画は「この一冊にまつわる話」であるが、一冊と限定されると、楽しい迷いが生じて、今から選定に困ってしまうものの、一冊でなく二冊、それも単純に全集の探求本としてあげるならば、全八十巻構成のうち、あと二冊で全部揃う、改造社の〃世界大衆文學全集〃を挙げたくなる。メリメの『コロンバ』や、ジョルジュ・サンドの『モープラ』、サバチニの『シーホーク』など、今でこそ忘れられた感があっても、私が推奨してやまない名品は、みなこの全集で読んだために、格別の愛着があるのかも知れないが、少なくとも、私が、この〃世界大衆文學全集〃によって、私がジャンルにこだわらない海外文学に開眼したのは嘘ではない。
 《大正十五年十一月改造社が「現代日本文学全集」全二十五巻を、菊判六号ルビ付、毎冊五百頁乃自六百頁で、定価一円ということで発表》『出版興亡五十年』(昭和二十八年 小川菊松著 誠文堂新光社)したのが、いわゆる円本のはじまりである。一冊について一円という廉価版の全集は、数十の出版社、数百の全集本の追随を呼び、日本の出版界は、金融恐慌による打撃を克服したものの、そのブームが去った数年後は、誰しもが記している通り売れ残った在庫の処理に窮したために、円本の殆どは特価本となり、遠く朝鮮満州まで販路を求めたのだという。で、あるから、〃円本〃と呼ばれた出版物は、現在ですら比較的容易に入手できるのという。半世紀以上過去の出版物が、空襲を経た今日でも、その片鱗が手軽に目にできるほとの量が出版されたと改めて考えてみると、当時の円本合戦は、われわれの想像もつかない規模であったようだ。
 〃円本〃の先鞭をつけたのが改造社ならば、その半値である一冊について五十銭の全集本を企画し、大量に読者をつかんだのも、同じ改造社であった。この、現在の文庫本と同じA6版の予約出版本は、探偵小説関係が少なくなく、昭和四年の四月から刊行された平凡社の〃ルパン全集〃全十四巻。同年五月の博文館〃世界探偵小説全集〃全二十四巻。同年五月の改造社〃日本探偵小説全集〃全二十巻。同年六月の春陽堂〃探偵小説全集〃全集二十四巻。なとが数えられる。
 当時の、A6版、予約出版による全集本は、前年の昭和三年に刊行された、改造社の〃世界大衆文學全集〃、全八十巻の成功が大きく影響していることは云うまでもない。〃世界大衆文學全集〃は、前記の探偵小説の全集本が刊行される一年前の昭和三年の二月十五日に、第一回配本を世に送り、その作品は『家なき児』で、菊池幽芳の翻訳によって先鞭をつけた。当初、三十六巻完結の予定であったが、後に五十四巻、六十八巻、ついには八十巻にまで増刊され、完結は昭和六年も半ばを過ぎた頃であった。この全集の特徴の第一は、内容見本を一瞥して解るように、欧米で映画になり舞台に乗せられた作品、つまり、世界における一般的なエンターテイメントを日本に移入し、なおかつ成功した着眼点にあるだろう。たしかに、内容見本にスチル写真が大量に採用されている点から、視覚メディアとの相乗作用を期待したとも考えられるが、出版の時代を鑑みて、また、視覚メディアと、この〃世界大衆文學全集〃が関連して語られることがないところをみると、さほどの宣伝効果はあがらなかったと思われる。
 しかし、それだけでなく、翻訳エンターテイメントを扱っている全集本の中でも、この全集が異色なのは、第一回配本である第二巻の『家なき児』、第十八巻の『寶島他二篇』、第四十六巻の『小公子。小公女』など、どちらかというと、児童書ということで、他の全集では全巻構成にはみられない作品が無理なく収録されている点に注目したい。これらの巻にある序文をみると、児童書であることを敢えて秘匿したりしておらず、内容も一般読者の鑑賞に耐える仕上がりになっているのである。 また、江戸川乱歩が『幻影城』の〃探偵小説叢書目録〃にあげているように、探偵小説関係の収録作品も少なくない。乱歩は題名と原著者から探偵小説を導きだしているが、表題に隠れた付編ともいうべき作品にも興味深いものが多い。例えば、アムブローブ・ビアス、ガイ・ブウスビイ、ウイリアム・ルキュー、ヘルマン・ランドン、ヴァレンチン・ウイリアムス、デュ・ボアゴヘイらの名前が、この全集を繙くことによって確認することができる。
 反面、表題のなかには、『クォ・ワァヂス』『ヂェイン・エア』『フラウ・ゾルゲ』『テス』なと、大衆の二文字のない一般の翻訳文学全集に収録されている作品と同一のものが少なからずあり、また、表題に隠れた作家としては、ホーソン、マンスフィールド、レフ・トルストイ、アントン・チェホフ、アナトール・フランス、ゲーテらの作品が収録されているのである。
 さて、円本としての世界文学全集を逸速く世に問うた、新潮社の世界文學全集には山内義雄による『モンテ・クリスト伯爵』が収録されており、戦後に至っても、その成果は、他の全集や文庫に収録されている事実が証明している通りであるが、もちろん、改造社版〃世界大衆文學全集〃にも、この世界的名編が顔を見せていないはずがない。しかし、それは、前者があくまで翻訳の充実を追及したものであるのに対して、後者は、明治三十年代に訳された黒岩涙香の『巌窟王』を収録しているのである。なるほど、〃世界大衆文學全集〃の魅力とは、『モンテ・クリスト伯』に対する『巌窟王』特有の面白さと考えてもあながち間違いではあるまい。つまり、意訳、抄訳である点など、弱点は多々あるものの、手軽に読めるエンターテイメントとして、海外文学の入門書として、この全集は、いつまでも記憶に留どめたい。
 こういった廉価円本ブームが去った後に、この全集は新たに構成が変更されて同社から〃世界大衆文學名作選集〃として世にでている。昭和十四年三月発行とある内容見本を見ると、全二十巻、月二回配本、一冊八十銭とあり、実際に刊行されたものはB6版より少し小さい新四六版で、やはり時勢の影響か質の悪い用紙に元版の紙型を流用しているので、どうしても一頁一頁の余白が目立ってしまうチグハグな印象が残ってしまい、また、全集としての装幀者はつまびらかではないが、表紙画の小磯良平や、海老原喜之助、清水崑らの採用は無視し得ないものがある。 内容見本から、その全巻構成を紹介すると、以下の通り。
 @アンクル・トムス・ケビン A家なき児 Bシャロック・ホームズ C寶島他二篇 Dステラ・ダラス、ラ・ボエーム E巌窟王(上)  F巌窟王(下) G小公子、小公女 H三等水兵マルチン I水滸傳 Jマーク・トウェーン名作集 Kテス Lアルセーヌ・ルパン M永 遠の都 N椿姫、マノン・レスコオ Oシーホーク Pオリヴァー・ ツイスト Q九十三年 Rグランド・バビロン・ホテル S三銃士
 これが全巻完結したかはどうかは定かではないが、手許にあるQ巻に、第十八回配本とあるので、すくなくとも十八冊は出版されたようである。(ちなみに、当巻に挟み込みの栞によると、次回配本はL巻らしい)
 これだけでなく、〃世界大衆文學全集〃の収録作品は、昭和二十四年前後に、大泉書店から〃新選世界大衆文學集〃と題されて何点か刊行されているようだ。残念ながら手許にあるのは昭和二十四年一月発行『巴里の秘密』(ウジューヌ・シュー 武林無想庵訳)の一点きりで、全集としてのナンバーすら記されていない。だが、その巻末に掲載されている刊行書案内には、〃新選世界大衆文學全集〃の第一回発売として(1)『カルメン附コロンバ』(宇高伸一訳)、そして、(2)ノートルダムの傴僂男(松本泰訳)が広告されており、題名と翻訳者の名を一瞥しただけで、この全集が改造社の〃世界大衆文學全集〃を種本にしていることはすぐにも連想されるだろう。ちなみに『巴里の秘密』では、内容に大きな変更があるわけではないが、昭和四年最初の刊行当時に、登場人物の名を、往年の涙香にならったのか漢字に宛てていたのを、戦後の版では、カタカナに統一してある。加えて、翻訳者による〃序〃も大幅に改訂してあるのが本書の特徴。
 一般の読書としては、改造社版があればことがすむのだが、特定の作家作品の経緯を鳥瞰したり、特に日本に移入された海外エンターテイメントの歴史を考えるためには、この〃世界大衆文學全集〃周辺の内容と拡散浸透を避けて通れない全集であるような気がしてならない。この、〃世界大衆文學全集〃は、回数配本のはやいものと遅いものとでは発行部数が大幅に違うし、後版は元版に比べて見かける機会もすくない。
 研究者泣かせといえば研究者泣かせではあるが、いつになっても文化国家になれない我が国にあっては、ほとんどの研究は容易とはいえないのではなかろうか。
 そうそう、最後になってしまったが、手許の〃世界大衆文學全集〃の揃いまでに足りない二冊とは、エドカー・ウオレスの『正義の人々』と、エインズワースの『倫敦塔』である。          
                                     〈了〉


(19- 地下室)

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