〇大衆文学資料


少年版江戸川乱歩選集

  
  昭和六年からの平凡社によった一三巻を初めとして江戸川乱歩の全集叢書は数々あるものの、そのなかで、少年物でありながらも、そしてこれだけ扇状的な装幀を誇っていながら、最近、古本屋でも見かけないのが、講談社から昭和四五年に刊行された『少年版江戸川乱歩選集』なのである。
 この選集、前年に春陽堂文庫の乱歩短編を新装するにあたり、そのうち七冊に通し番号をつけ江戸川乱歩名作集として、揃い箱を付けたものと同様に、乱歩ファンは誰でも目の当たりにしながらも、どうしたわけだかほとんどの人たちが買い逃しているようだ。乱歩の本質を離れて、古本のことが近しい人たちの間で広がると、何時とはなしに話題にのぼることが多い。二者に通じるものは、手に取ればすぐに解るとおり、一種、外装のイメージから派生するこわいもの見たさの感情が大きく作用している。特に後者は乱歩のヴァリエーションとして、少なからず意味はあるだろうが、当時には手軽に本人が直接筆を執ったオリジナルが手にできたし、特に講談社の少年版選集の場合、あえて第三者がリライトした少年物を求めなくてもよかったのだから、大きく話題にならなかったのも合点がいく。
 どうも、この講談社の『少年版江戸川乱歩選集』は、あとあと古本屋で手にするとしても、少年物にしては装幀がケバケバし過ぎていけない。というのも、これほどに血や死の表情そのものを、これでもかとばかりに表したジュブナイルは古今を通じて出版されたことはないのだから。あの、ハンセン氏病の細菌をうら若き女の二の腕に注射することによって、世間へ陰鬱な復讐をなそうとする変態心理を扱った、橘外男の勇み足ともいうべき『双面の舞姫』。これは、橘の戦後の代表作である『地底の美肉』や『青白き裸女群像』のヴァリエーションであって、戦後のなりふり構わなかった作者の真情吐露といった意味では興味深いものだが、決してアンコールを望む内容ではない。しかしこのジュブナイル専門の出版社による本ですら、表紙画や挿絵は、どこにでもある子供の本や国語の教科書にあるようなおとなしいものでしかなかった。そして考えを広げてみると、戦前の探偵小説から始まって、戦後初期の仙花紙本、続いて現代までのミステリを思い浮かべてみても、表紙画はそれほど扇状的なものはなかったと思いいたる。名のある人の本は、どんなに内容に怪奇を秘めていても、上辺には何かを連想させるような知的な外装をもっていた。だからこそ良質なミステリは現在まで語り継がれて来たのではあるまいか。そこにこそ探偵小説の醍醐味の一つがある。扇状的な表紙画、それは名の知れぬ出版社が何を考えたのかある日突発的に、まるで一山当てようか考えたとしか思えない犯罪実話の出版や、エロティクな部分ばかりを.売り物とし、玉石混淆の作品を短期間に刊行した〃あまとりあ社〃などの出版に見られただけである。戦前の昔、探偵小説など手に取ると白い眼で見られた時代から、ほとんどの作品の装幀はイマジネーションを武器にしていた。私なども新刊は作家で買うが、そういった魅力があるためいにしえの古本は内容が全く解らなくとも、装幀だけに魅かれてついつい手にしてしまうことが間々あるのだ。
 それはそれとして、今回の話題は『少年版江戸川乱歩選集』なのである。
 その全巻内容を以下に記してみよう。各巻に通し番号がなく、順は各巻の見返しや刊行予告に従ったため、紹介順と発行年月は異動がある。また、手許にあるのが初版でないため、本来の資料にはならないだろうが、ある程度参考にはなるだろう。全冊B6判箱入り、表紙箱画見返しは生頼範義が担当。装幀は水野石文、作品編集は中島河太郎である。
                          
  〇蜘蛛男
     昭和四五年七月  挿絵・藤本蒼
     リライト・「蜘蛛男」について/中島河太郎
  〇一寸法師
     昭和四五年七月  挿絵・佐々木豊
      リライト・「一寸法師」について/氷川瓏
  〇幽鬼の塔
     昭和四五年七月  挿絵・坂口健之
     リライト・「幽鬼の塔」について/山村正夫
  〇幽霊塔
     昭和四五年一〇月 挿絵・長谷川晶
     リライト・「幽霊塔」について/中島河太郎
  〇人間豹
     昭和四五年八月  挿絵・稲垣三郎
     リライト・「人間豹」について/山村正夫
  〇三角館の恐怖
     昭和四五年九月  挿絵・篠崎春夫
     リライト・「三角館の恐怖」について/氷川瓏
                          
 この選集は乱歩の名を謳いながらも、初めてリライトしたライターの名を扉に記していることは画期的なことであった。乱歩名義であるのだから、扉だけに記された一冊一冊の作品についてリライターの名を云々することにはさほど意味はあるまい。しかしながら、ここにリライターの証言として、六冊の少年乱歩作品があるのである。残念ながらこれらの作品は現在では手軽に読み得ないだろうが、名を出すだけの自信があるのだから、リライト少年小説の歴史のなかではまさに稀であろう。
 しかし、このラインナップを眺めてみると、つらつら考えるまでもなく、乱歩の少年小説の代表作と誰もが認める少年探偵団ものがないことに思いいたる。確実に乱歩が筆を執った、その代表作である少年物の『少年探偵団』『怪人二十面相』『青銅の魔人』などの名はまったく見られない。うがった考えかもしれないが、これらの出版はポプラ社などのいかにも少年小説の牙城といったような出版元に、対抗するがためにくわだてられた企画だともいえなくもない。加えて、前年、刊行された同社の『江戸川乱歩全集』が好評だったこともあり、その余勢が少年物の出版に結びついたことも関連はある。不満な、講談社版の少年物の選集のラインナップとは何かというと、それは以下に。『幽鬼の塔』や『三角館の恐怖』だったら、料理人の腕の見せ所に絶対なるはずの『バノラマ島奇譚』や『孤島の鬼』、また、活劇の醍醐味『黄金仮面』、そして読者にどうその内なるエロチック味を伝えるかがネックになると思われる『黒蜥蜴』など、当時、格好の機会があったのだから、これの作品を、実力のあるリライターが実名で書きあらわしてほしかったという気がしないでもない。
 少年版乱歩に、これほど色彩豊かで扇状的な表紙画と見返し画を描いた生頼範義は、SFのイラストライターとして名を成している人物である。私の少年時代には早川書房の出版物の小松左京や平井和正の作品で親しんだものだった。氏のイラストの特徴は日本人離れした構図と、油絵ばりの色彩、そして大胆な構成力にある。角川映画が『復活の日』を世界マーケットを照準に当てるために、ポスターのディレクターとして採用したのも氏であった。繰り返すが、この少年版江戸川乱歩選集の場合、古今の他者に抜きん出たインパクトは格別ではあったものの、何も予備知識も世間も知らない小学生ならともかく、少し年齢が経てば手にすることを躊躇してしまうような装いは特異すぎるほど特異であった。
 子供の頃、少年物の『大暗室』を従姉から譲られて、その題名からくるおどろおどろしさに圧倒されて、当時は一頁も眼にすることのできなかった私にとって、あまりにケバケバしい外装は、内容を僭越しているような気がし、どうしても距離をおいてしまう。実は、その後もジュブナイル版『大暗室』は読んでいないのだけれども……。
 でも、こんなことを思いながらも、歴史上類を見ないほど凶々しい貌をもったこの少年小説を書棚に並べ、地下室誌上につらつら書き連ねるのも、乱歩ならではの魅力があるからなのだろうか。たぶんそうに違いない。 〈了〉

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