ポケットに入る個人全集
講談社から江戸川乱歩推理文庫が、鳴り物入りで刊行されて早くも十年がたった。全65巻という大分の刊行物であるというのに、現在はおろか、どういった次第だか刊行後すぐに新刊書店から姿をけしてしまった記憶がある。実際にどの程度の部数を刷ったかは定かではないが、何しろ今では古本屋でもあまり見かけないシリーズとなっているようだ。まあ、というか、やはり、というか、版元にさほどこのシリーズに対する思い入れが感じられなかったあたりが何とも残念な企画で、それが大なり小なりのイメージダウンをもたらした一因でもあったと思う。
刊行開始後、数カ月で刊行予定作品の入れ替えがあったり、創作、少年もの、研究評論の帯紙を青赤緑の三原色に分けたまではいいものの、『吸血鬼』に少年もの用の青帯をつけてみたり、当時、最大の呼び物のであった未刊エッセイの端緒である『移し世は夢』の目次を割愛してしまったり、この後どうなってしまうのか、刊行当初から他人のことながら老婆心を感じた次第だ。
とにかく、全巻の構成を以下に記してみる。巻数と題名、[]内が西暦の発行年月、()内が配本順位、最後が巻末エッセイの執筆者である。各巻の詳しい内容は誌面の都合もあって割愛した。
巻数 題名 発行年月日 配本順 巻末エッセイ執筆者 1 二銭銅貨 87-9 (1) 日影丈吉 2 屋根裏の散歩者 87・1 (2) 森村誠一 3 湖畔亭事件 88・3 (6) 佐野洋 4 パノラマ島奇談 [87・9] (1) 多岐川恭 5 陰獣 [87・12] (3) 和久峻三 6 虫 [88・6] (9) 海渡英祐 7 孤島の鬼 [87・9] (1) 栗本薫 8 蜘蛛男 [87・11] (2) 日下圭介 9 猟奇の果 [88・10] (13) 綾辻行人 10 魔術師 [88・1] (4) 中井英夫 11 黄金仮面 [87・9] (1) 星新一 12 吸血鬼 [88・12] (15) 阿刀田高 13 盲獣 [88・8] (11) 新章文子 14 白髪鬼 [89・1] (16) 陳舜臣 15 妖虫 [89・2] (17) 坂本光一 16 黒蜥蜴 [87・9] (8) 戸板康二 17 人間豹 [88・7] (10) 高橋克彦 18 緑衣の鬼 [89・4] (19) 皆川博子 19 大暗室 [88・4] (7) 黒川博行 20 幽霊塔 [89・3] (18) 橋本治 21 悪魔の紋章 [88・11] (14) 内田康夫 22 暗黒星
[88・9] (12) 伴野朗 23 幽鬼の塔 [89・5] (20) 天野喜孝 24 偉大なる夢 [89・3] (18) 光瀬龍 25 三角館の恐怖
[89・1] (16) 加堂秀三 26 化人幻戯 [87・11] (2) 小林久三 27 影男 [88・5] (8) 森雅裕 28 堀越捜査一課長殿 [89・2] (17) 新保博久 29 十字路 [88・2] (5) 西村京太郎 30 畸形の天女 [89・4] (19) 尾崎秀樹 31 怪人二十面相/少年探偵団 [87・9] (1) 安部譲二 32 妖怪博士/青銅の魔人 [87・11] (2) 斎藤栄 33 虎の牙/透明怪人 [87・12] (3) 中野翠 34 怪奇四十面相/宇宙怪人 [88・1] (4) 田中芳樹 35 鉄塔の怪人/海底の魔術師 [88・2] (5) 内藤陳 36 灰色の巨人/魔法博士
[88・3] (6) 鳥井可南子 37 黄金豹/妖人ゴング [88・4] (7) 竹本健治 38 魔法人形/サーカスの怪人 [88・5] (8) 中津文彦 39 奇面城の秘密/夜行人間 [88・6] (9) 菊地秀行 40 塔上の奇術師/鉄人Q [88・7] (10) 岡島二人 41 仮面の恐怖王/電人M [88・8] (11) 大谷羊太郎 42 おれは二十面相だ/妖星人R [88・9] (12) 石井敏弘 43 超人ニコラ/大金塊 [88・10] (13) 山村美紗 44 新宝島 [88・11] (14) 泡坂妻夫 45 海外探偵小説作家と作品1 [88・12] (15) 荒巻義雄 46 海外探偵小説作家と作品2 [89・1] (16) 石川喬司 47 海外探偵小説作家と作品3 [89・2] (17) 難波弘之 48 悪人志願
[88・11] (14) 高柳芳夫 49 鬼の言葉 [88・10] (13) 島田荘司 50 探偵小説の謎 [88・9] (12) 藤本泉 51 幻影城 [87・11] (2) 山崎洋子 52 続・幻影城 [88・8] (11) 梶龍雄 53 探偵小説四十年1 [87・12] (3) 井沢元彦 54 探偵小説四十年2 [88・2] (5) 長井彬 55 探偵小説四十年3 [88・3] (6) 山村正夫 56 探偵小説四十年4 [88・4] (7) 東野圭吾 57 わが夢と真実 [88・12] (15) 横尾忠則 58 乱歩随想 [89・3] (18) 戸川安宣 59 奇譚/貘の言葉 [88・5] (8) 川村二郎 60 うつし世は夢 [87・9] (1) 渡辺啓助 61 蔵の中から [88・1] (4) 戸川昌子 62 幻影城通信 [88・6] (9) 小峰元 63 子不語随筆 [88・7] (10) 森真沙子 64 書簡対談座談 [89・4] (19) 平井隆太郎 65 乱歩年譜著作目録集成 [89・5] (20) 中島河太郎 66 別冊 貼雑年譜 [89・7]
1 二銭銅貨 [87・9](1)日影丈吉
2 屋根裏の散歩者 [87・11](2)森村誠一
3 湖畔亭事件 [88・3](6)佐野洋
4 パノラマ島奇談 [87・9](1)多岐川恭
5 陰獣 [87・12](3)和久峻三
6 虫 [88・6](9)海渡英祐
7 孤島の鬼 [87・9](1)栗本薫
8 蜘蛛男 [87・11](2)日下圭介
9 猟奇の果 [88・10](13)綾辻行人
10 魔術師 [88・1](4)中井英夫
11 黄金仮面 [87・9](1)星新一
12 吸血鬼 [88・12](15)阿刀田高
13 盲獣 [88・8](11)新章文子
14 白髪鬼 [89・1](16)陳舜臣
15 妖虫 [89・2](17)坂本光一
16 黒蜥蜴 [87・9](8)戸板康二
17 人間豹 [88・7](10)高橋克彦
18 緑衣の鬼 [89・4](19)皆川博子
19 大暗室 [88・4](7)黒川博行
20 幽霊塔 [89・3](18)橋本治
21 悪魔の紋章 [88・11](14)内田康夫
22 暗黒星 [88・9](12)伴野朗
23 幽鬼の塔 [89・5](20)天野喜孝
24 偉大なる夢 [89・3](18)光瀬龍
25 三角館の恐怖 [89・1](16)加堂秀三
26 化人幻戯 [87・11](2)小林久三
27 影男 [88・5](8)森雅裕
28 堀越捜査一課長殿 [89・2](17)新保博久
29 十字路 [88・2](5)西村京太郎
30 畸形の天女 [89・4](19)尾崎秀樹
31 怪人二十面相/少年探偵団 [87・9](1)安部譲二
32 妖怪博士/青銅の魔人 [87・11](2)斎藤栄
33 虎の牙/透明怪人 [87・12](3)中野翠
34 怪奇四十面相/宇宙怪人 [88・1](4)田中芳樹
35 鉄塔の怪人/海底の魔術師 [88・2](5)内藤陳
36 灰色の巨人/魔法博士 [88・3](6)鳥井可南子
37 黄金豹/妖人ゴング [88・4](7)竹本健治
38 魔法人形/サーカスの怪人 [88・5](8)中津文彦
39 奇面城の秘密/夜行人間 [88・6](9)菊地秀行
40 塔上の奇術師/鉄人Q [88・7](10)岡島二人
41 仮面の恐怖王/電人M [88・8](11)大谷羊太郎
42 おれは二十面相だ/妖星人R[88・9](12)石井敏弘
43 超人ニコラ/大金塊 [88・10](13)山村美紗
44 新宝島 [88・11](14)泡坂妻夫
45 海外探偵小説作家と作品1 [88・12](15)荒巻義雄
46 海外探偵小説作家と作品2 [89・1](16)石川喬司
47 海外探偵小説作家と作品3 [89・2](17)難波弘之
48 悪人志願 [88・11](14)高柳芳夫
49 鬼の言葉 [88・10](13)島田荘司
50 探偵小説の謎 [88・9](12)藤本泉
51 幻影城 [87・11](2)山崎洋子
52 続・幻影城 [88・8](11)梶龍雄
53 探偵小説四十年1 [87・12](3)井沢元彦
54 探偵小説四十年2 [88・2](5)長井彬
55 探偵小説四十年3 [88・3](6)山村正夫
56 探偵小説四十年4 [88・4](7)東野圭吾
57 わが夢と真実 [88・12](15)横尾忠則
58 乱歩随想 [89・3](18)戸川安宣
59 奇譚/貘の言葉 [88・5](8)川村二郎
60 うつし世は夢 [87・9](1)渡辺啓助
61 蔵の中から [88・1](4)戸川昌子
62 幻影城通信 [88・6](9)小峰元
63 子不語随筆 [88・7](10)森真沙子
64 書簡対談座談 [89・4](19)平井隆太郎
65 乱歩年譜著作目録集成 [89・5](20)中島河太郎
別 貼雑年譜 [89・7]
乱歩の特徴として、自分で表した資料には必ず索引を付す習慣をもっていた。それは、読者への便宜を与えることだけでなく、自著に対する自信と責任のあらわれだったと考えられる。しかし、この期の出版物の多くには資料面を疎んじていた部分が否めない。とはいうものの、流石の出版元も、良心の呵責に耐えられなかったのだか、何だか知らないが、後のことなど考えずに、最初は細目次なしで世に出した『うつし世は夢』を、二〇日後の二刷にいたって急遽、それを加えてある。もしかしたら有力者の箴言があったのか。しかしながら細目字のために頁数が五頁も増えたのに、本文のノンブルはそのままという、まことに摩訶不思議な一冊が残されている。まあ、一種の奇書ともよべる本ともいえるだろうが、誰も知らないし、古本屋にもないのだから、いまだ話題にもなっていない。
そんなこととは別に、一般的に見てこのシリーズで押さえておくべき事は巻末エッセイの面々だろう。内容はそれぞれ興味をもった方々が手にすればよいことだろうが、それを見るためのリストすら未だまとまっていないようだ。
乱歩賞作家、当時の推理作家協会の幹部などなど、その賞の受賞者もいる。新旧乱歩シリーズの装幀者、今回の責任編集者が巻末エッセイの人々だ。この巻末エッセイは総タイトルに〃乱歩と私〃とあり、それぞれの執筆者はそれぞれの題名を書いている。角田喜久雄の名がない。山田風太郎も。島田一男も、水谷準、大薮春彦らの、乱歩生前に忘れられない付き合いのあった作家の名もない。そういえば乱歩賞作家でも一線を離れた人のものもないようだ。これによってエッセイ執筆の依頼の基準というものが推測できるだろう。十年後の今になってみれば、そんな対外的な憶測によるエッセイ依頼は意味を喪失しているというのに。
最後に予告されながらも日の目を見なかった数冊について記す。第44巻『名探偵ルコック(原作ガボリオ)』、第45巻『鉄仮面(原作ボアゴベー)』、第46巻『黄金虫(原作ポー)』。これらは予定された巻数によると少年ものとして刊行予定されていたようだ。前二点は講談社、後のものは光文社から半世紀前頃を中心に人気のあった少年ものであった。確かなことは分からないが、一説によると、往時にその作品を実際に筆を執った個人から抗議があって、刊行をやめたとも聞いたことがある。とにもかくにも三冊が未刊となったための処置は、始め二分冊で予定されていた『海外探偵小説作家と作品』を三分冊とし、加えて『書簡対談座談』、『乱歩年譜著作目録集成』を急いで編纂したらしい。拙速と見るか英断と見るか。
おためごかしのように特別補刊の『貼雑年譜』は定価三千円の軽装本で出るには出た。だが、予定では、四万八千円もする豪華複製版であった。
〈了〉