〇大衆文学資料


ロマン・ブックス



  かつて〃新書が厚い〃と題して稿をおこしたことがあった。またぞろそんなことが頭をよぎったのは、京極夏彦のデビュー作が、ノベルズから文庫化されたのを見て、なんだ一頁の面積は減っているからもっと厚くなるかと思いきや、それ程の厚さではなかったとの印象を受けたからである。枕にもなる京極夏彦の新書本は内容もさることながら、とにかくその厚さとタイトルからくる幻惑性が重厚な内容を暗示させ、一種独特な存在感を本という容器自体が主張するにいたっている。しかし、文庫化された外容はどうか。どうしたことかそれは、ちょっと厚めの文庫の新刊でしかなかった。内容が憑物落とし、つまり呪術の波紋を扱っていることもあり、このように初刊の本自体の内容と、講談社ノベルスによるこれまでのシリーズ内で結びつくのは希有の例ではなかろうか。これが、特装本などになってしまうと全く意味がなくなってしまうのだ、この場合は。
 とはいうものの、こういった特別の場合を除くとやはり新書の小説は厚すぎる。だいたい多量の本と共存可能なそんな広い部屋など夢の夢の筆者などは、本を一冊買うごとに雪崩を起こしそうな、わが部屋の様相が眼に浮かび苦悩を新たにする日々をおくっており、そこで頭に飛来するのが、昭和三〇年代前半にあった新書版の文芸書なのである。当時の厚さだったら内容は同じでも、現在の新書の三分一で済むのだ。紙の質が違うのである。上質紙の方が厚く重いという印象があり、それも傾向としては間違ってはいないようだが、薄くとも程度のよい用紙というものあるのである。ある程度の重みもあるし手に馴染む。そのうえ装幀も瀟洒でノーブル、そして、最低限のスタイル以外よい意味で統一性を強制していないあたりが愛蔵に値するのだろうか、これらには時間が経つことに愛着がわいてくるものが多い。その中の代表格が、かつても記した講談社の『ロマン・ブックス』だと考えられる。
 そんな、よい意味でハンディな文芸新書がが駆逐されてしまったのは、たった数年後の昭和三〇年代半ばの『カッパ・ノベルズ』の出現だったようだ。松本清張、梶山俊之らを中心に、ベストセラーを驀進した光文社は、かつて進駐軍の施策により講談社から分割独立させられた会社であり、そのためどうしても新機軸を打ち出さなければならなかった。中での発想の一つは、一冊一冊の本を厚くし、本やの棚を占拠することだった。この時代は戦後の混乱期は終ったとはいわているものの、少なくともすべてがもろ手をあげて豊かさを享受できていたはずはない。ならば薄い本より厚い本が歓迎されたのは想像に難くないだろう。これは貸本漫画や、おまけとして伝説化されている〃カバヤ文庫〃などが、一見厚さや装幀に高級感を持たせてはいるものの、現在手にとって見ればその場しのぎのこけおどしにすぎないことに通じる、小手先の小作為の豪華さなのだが、要因はそれだけてはないにしろ、この手段が当たって『カッパ・ノベルズ』は、ノベルズの名を一般に初めて使用し、この世界のトップを走るようになる。ちなみに、厚さで講談社の『ロマン・ブックス』など他の新書版文芸書を凌駕した光文社ではあったが、講談社は昭和五〇年近くに文庫戦線に参入する。外装はイラストを使わない地味なものであったが、それは厚かった。それによってこの文庫は瞬く間に書店の棚を席巻し、その後の新規参入の文庫の手本になり現在に至っている。これは系列会社の光文社が文芸新書への参入への方策に共通項が見いだされるだろう。歴史は繰り返されるということであろうか。
 この『ロマン・ブックス』が刊行さたのは何時のことであろうか。第一回の出版が手元にないので確かなことはいえないが、何册かの巻末目録をあたり、比較的早く刊行されたとわかる横溝正史の『獄門島』の奥付を見ると昭和三〇年七月とある。この装本がいつまで続いたかのたろうか。昭和三五年一一月刊の島田一男『拳銃を磨く男』は最初のものを踏襲しているものの、翌年刊行の山田風太郎『おんな牢秘密抄』は、いくぶん厚くなりシリーズ全体を示す装幀も統一性が強くなっている。その巻末目録をのぞくとシリーズ各冊に通しナンバーがつけられ、そのうえミステリの面子は仁木悦子、有馬頼義、鮎川哲也、島田一男ら戦後テビューした作家だけになってしまった。やはりこの時期が日本ミステリ界の戦前デビューの作家と戦後作家との世代交代のエポックメーキングだったのだろうか。なお重刷はこの限りではない。
 ずうっと時代は流れ『ロマン・ブックス』は普通の新書判文芸書として命脈を保ってはいた。この期のものはあまり手許にないのだが、数少ない所持本の内から昭和四八年一一月に刊行された広瀬正『T型フォード殺人事件』を手にとってみよう。これはもはや現在の新書判文芸書そのものであり、愛蔵するとかいった装幀とは少なくともいえない。そして巻末の目録にあるミステリは一〇年以上命脈をたもっているものあるものの、やはり印象が薄い感は否めないようだ。そのかわり一人の作家で一〇点以上も出版している人が何人もいて、これは大量消費時代の先駆けとまで云ってしまえば言い過ぎだろうか。などと思ってしまう。
 以下にあげるのは、昭和三〇年代前半に『ロマン・ブックス』にラインナップされていたミステリ作家とその作品を五〇音順に列挙してみた。資料は実物とその巻末目録によったが、ミステリを能くしているものの時代小説だけが収録されている角田喜久雄は割愛し、城昌幸のようにミステリが収録されている場合は、記されている全作品をあげるといった不体裁になってしまった。また、戦後デビューの作家の場合、その活躍は多岐にわたるため、確実にミステリまたはその周辺作品として認知されているものだけを書いてみた。くわえて、藤沢恒夫の『青鬚殺人事件』などのように題名にミステリのかおりがあっても、筆者が未読のもの割愛せざるをえなかった。/は合冊を示すものではなく、スペースの関係上何点かを一行に記すためのものである。

鮎川哲也      黒い白鳥/黒いトランク/白い密室/薔薇荘殺人事件
有馬頼義      四万人の目撃者
江戸川乱歩     十字路
大下宇陀児     おれは不服だ/子供は悪魔だ/見たのは誰だ
香山滋        地球喪失/魔婦の足跡/妖蝶記
木々高太郎     光とその影
楠田匡介      絞首台の下
五味康祐      麻薬3号
佐野洋        高すぎた代償
島田一男      上を見るな/拳銃を磨く男
城昌幸        金紅樹の秘密/月光の門/人魚鬼
高木彬光      人形はなぜ殺される
多岐川恭      濡れた心
橘外男        見えない影に
仁木悦子      林の中の家/猫は知っていた/粘土の犬
松本清張      顔
三橋一夫      足袋
水谷準        瓢庵先生捕物帳/夜獣
山田風太郎     十三角関係/青春探偵団/誰にも出来る殺人/妖異金瓶梅/妖説忠臣蔵
山田高木合作   悪霊の群
横溝正史      吸血蛾/獄門島/女王蜂/幽霊男
渡辺啓助      鮮血洋燈
                                                               〈了〉









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